揺れる瞳

その日のアニエスは、鏡の前で服を整えていた。何度も鏡を見ておかしな場所がないか確認をした。…勿論下着の確認も。アニエスとヴァンは付き合い始めて、一ヵ月は経つが、未だにヴァンはアニエスに手を出してくれない。その事をアーロンに相談した。
「テメェから、誘えや。」
「えぇ…!?」
「そんなに驚くことか?…まだキスもしてないんだろ?テメェら。」
そう。ヴァンとは、一ヵ月は経つのにキスすらしてくれない。
自分の何が不満なんだろう…。
「ククッ、そんな不満そうな顔すんなって。アイツはお前が大事だから、手を出してないだけだからよォ。」
分かっている。でも…。
「そりゃあ、納得出来ねぇよな。
それなら、こっちから誘うしかねぇだろ?」
「乗ってくれるかな…。」
「関係ねーな、無理矢理にでも仕向けろ。
…じゃないと一生手を出さねーぞ。
ヴァンの奴。」
そんな訳でアニエスは、ヴァンを誘う為に
下着をチェックしていた。下着はレースがあしらってある可愛い物を選び、服は脱がせやすい物を選んだ。コンロは、女性らしい匂いをするものを選びヴァンが興奮する匂いにしてみた。
「…これだけ、したんです。
きっと大丈夫!」
アニエスは、目的の場所に急いだ。
ヴァンは、彼女の姿を見て声を失った。あまりにもいつもと雰囲気が違うから。いつもは、可愛らしいベレー帽に白いジャケット、髪の先っぽをヘアゴムで結んでいる。しかし今日の彼女は、白いワンピース、上には黒いカーディガンを羽織っており、靴はいつもより大人な靴。何よりいつもは、髪の先っぽを結んでいるヘアスタイルではなく、おろした髪を綺麗に編み込んでいた。
「…。」
「ヴァンさん?
…やっぱり似合わなかったでしょうか?」
アニエスは、ヴァンを不安げに見つめた。
「…そんな事ないさ。綺麗過ぎて驚いた。」
「本当ですか!?」
そう言って近づいてきたアニエスから、
女性らしい匂いがしてヴァンはクラッと来たが理性で抑えつけた。
「…どこにする?」
「んー?どうしましょう?」
悩んでいるアニエスから、ずっと女性らしい匂いが漂って来てヴァンは興奮を抑えられなかったが顔には出さない様にした。
「決めました!」
「何処にすんだよ。」
「最近、気になる導力映画があって…。」
「なら、見にいくか。」
「はい!」
『シネマ・エスプリ』に着いたが、
中は人でいっぱいだった。
「オイオイ、流石に多すぎだろ…。」
「最近、公開されたばっかりですからね。」
「あー、もしかしてジュディスが主演している新作か?」
「はい!もうヴァンさん、観ましたか?」
「いや、まだだ。忙しかったしな。」
「良かった!」
「ま、チケットだけ取ってくるわ。」
アニエスには椅子で待っている様に言い、
ヴァンがチケットを買い終わってアニエスの元に向かうと、チャラい男にアニエスが絡まれていた。
「おねーさん、今ヒマ〜?」
「えっと…今、人を待っているので…。」
「いいじゃん!」
アニエスの手を引っ張り、どこかに連れて行こうとした。
ヴァンは、その男の手を叩いてアニエスから引き剥がした。 
「はっ?」
「…何、勝手に触ってんだよ。」
ヴァンは、殺気を孕んだ声でそう告げた。
男は、ヴァンの殺気にビビりながら、ヴァンに突っ掛かってきた。
「な、なんだよ…お前!」
「彼氏だけど?」
「…いいから離せよ!」
「…もうアニエスには、近づかないよな?」
「はっ?」
返事に困っていた男性の手を強く握りしめた。ギリギリッと言う音がした。
「いってぇよ!もう近づかない!
だから、離してくれ!」
その言葉を聞くと、ヴァンは手を離した。男は一目散に出口に向かって走って逃げた。
騒ぎを見ていたのか『シネマ・エスプリ』は、一気に騒がしくなる。
「…出るか。」
「…はい。」
アニエスは、ヴァンを見つめては目を逸らすと言う行為をしていたが、ヴァンは溜息をつきアニエスに謝った。
「…悪かったな。」
「えっ?」
「…これから、カッコ悪い事言うけどいいか?」
ヴァンは、恥ずかしいのか目を逸らし顔を見てくれない。
「…正直、嫌なんだよ。
俺以外の奴にアニエスが触られるの。
だから、ついさっきは…。」
それ以上は、恥ずかしいのか
黙ってしまった。
今のヴァンの話だと、まるでー。
「嫉妬しているみたいですね。」
「!!…悪いかよ。」
「いえ、嬉しいです。」
「…何でだよ?」
アニエスは、言うか迷ったが言う事にした。
「だって、ヴァンさん私に
興味ないかなって…。」
「えっ?」
言うつもりなんてなかった。
でも、止まらなかった。
「ヴァンさんと付き合って、
一ヶ月は経ちますけど…。」
アニエスはワンピースを強く掴み、
俯きながら話した。
「どうして、未だにキスもしてくれないんですか?」
「それは…。」
ヴァンは、気まずそうに顔を背けた。その態度がアニエスを更に傷付けた。
「…分かっています。私より素敵な女性が沢山いて、私なんかヴァンさんにとってはただの小娘に過ぎないことも…。」
「…。」
「ヴァンさんは、どうして告白受けてくれたんですか…?やっぱり私じゃ…!!」
ダメですか?とアニエスは、聞こうとした。すると、唇に何か柔らかい物が触れている事が分かった。それがヴァンの唇だと気が付くには、時間がかかった。
「同情で、キスしているなら要らないです!やめ…!」
更に深いキスをされる。アニエスは逃れようとした。
「いい加減にして下さい!んっ…!」
逃さないとばかりに、激しくキスをされた。
「はっ…はっ…ぷはっ…!
ヴァンさん!いい加減に…」
ヴァンが本気の顔をして、見つめてくるのでアニエスは冗談じゃない事が分かった。
ヴァンは、アニエスを見つめながら謝った。
「…ごめん。」
「…それは、今の対応に対して?
それとも…。」
今まで、私の気持ちに気が付かなかった事ですか?と聞こうとしてやめた。
きっとヴァンを傷付ける。
「両方。」
「…言ってないのに。」
ヴァンは、優しく微笑んだ。
「まあ、付き合ってから一ヶ月は経つからな。分かるぜ、アニエスが隠した事。」
「…やっぱり、ズルい人ですね、
ヴァンさんは。」
「…俺、アニエスに興味ないとかないぜ。
何なら、アニエス以外興味ない。
…さっきのはその気持ち。」
「…なら、どうして…。」
「手を出してくれなかったのか、か?
…そうだな、俺は弱虫だからアニエスに嫌われたくないと思ったんだよ。
もし、手を出してアニエスに嫌われたら生きていく自信がない。」
不安げに揺れている瞳を見て、
アニエスはああ、そうか。と納得した。
この人は、嘘つきで、臆病で…、でもとっても優しい人。ヴァンが恐れているなら、自分が支えてあげるべきだった。でも、自分の気持ちばかりで、ヴァンの気持ちを考えてなかった。
(…ごめんなさい、ヴァンさん。)
アニエスは、ヴァンの頬に両手を優しく添える。ヴァンは、ビクッとして、怯えた瞳でヴァンを見ていた。そんなヴァンを安心させるようにアニエスは、優しくキスをした。
ヴァンは、驚いた顔をしていた。
(…本当に、困った人。)
「ヴァンさん、すいません。私、自分の事ばかりでヴァンさんの事考えてなかった。…でも、安心して下さい。これからはヴァンさんの事を支えますから。」
「…謝るの俺だろう。」
「いいえ、私です。」
こうなると、アニエスは折れない事をヴァンは知っている。諦めた様に溜息を付くと、アニエスは微笑んだ。
「…あのよ、こんな状況で言うのもなんだが…。」
「はい。何でしょう?」
アニエスは、ヴァンを支えるつもりで答えを待っていた。
「お前が欲しい。
…お前の全てを俺にくれ。」
アニエスは、驚いた顔をしたがその後に当然の様に言った。
「もちろんです。ずっと待っていたんですからね?…それに私のはじめてはヴァンさん以外にあげるつもりは、ありません。」
2人は、至近距離まで近づくと激しいキスをした。
「アニエス、もう我慢出来ない…。」
「せめて、別の場所で…、
しょうがないですね。」
そう言うとヴァンは、アニエスを路地裏に引きずり込んだ。路地裏には、誰もおらず互いを求め合う音だけが静かに響いていた。

END

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